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2021-03-23

「デザインのデザイン」を読んで

今、デザインをオンライン講座で学んでおり、先生のおすすめ本を読んでみました。

「デザインのデザイン」という本で、無印良品のボードメンバーの原研哉さんの本です。

アマゾンで買おうと思ったらトップレビューがまさかの星1つだったので、まずは図書館で借りてみました〜。

たまに表現が難しくて、眠りへいざなわれてしまうこともあったのですが、興味深く読めました。

上手なデザインをするためのハウツー本ではなく、もっと深い部分での「デザイン」とは何か?ということについて書かれている本になります。デザインとか色の感覚とか、普段なんとなく自分の感覚で決めているようなことが言語化されているので「ああ、だから私はこれが好きだったんだ」って分からせてくれる感じです。私がなんでヨーロッパの手仕事に惹かれるのかも、この本を読んで合点がいきました。

デザインとは、産業革命が起こり今まで手仕事で丁寧に作ってきたものが、工場で量産されるようになって粗雑なものが出回り、自分たちの生活や文化がねじ曲げられていくことに恐怖を持った人たちが、もう耐えられない!と反発し始めたことが「デザイン」という考え方の発端になったそうです。

日本でもファンの多いウイリアム・モリスらが、大量生産をやめてクラフトシップを復興させようと「アーツ・アンド・クラフツ運動」をしていたことは有名ですが、モリスがデザインの概念の発端になっているとは知りませんでした。

またバウハウスというドイツの美術学校についても、恥ずかしながら聞いたことがなかったので、興味深く読み、その後自分でも調べてみました。

ご存じない方のためにwikiの説明を貼ります。

バウハウスドイツ語: Bauhaus)は、1919年ヴァイマル共和政ドイツヴァイマルに設立された、工芸写真デザインなどを含む美術建築に関する総合的な教育を行った学校。また、その流れを汲む合理主義的・機能主義的な芸術を指すこともある。無駄な装飾を廃して合理性を追求するモダニズムの源流となった教育機関であり、活動の結果として現代社会の「モダン」な製品デザインの基礎を作り上げた。デザインの合理性から、幅広い分野にバウハウスの影響が波及しており、特に理由がない限り標準的なデザインとして採用されている。[要出典]

Wikipedia

建築とか家具作りなどをされる人は当然ながら知っているようなことみたいです。読書は勉強になりますね。

現在のデザインは「今日あるものを明日古く見せる」という戦略のもと作られていて、私たち消費者に消費させるために計画されている、とのこと。本来のデザインの在り方ではなくなっているということですよね。我々は計画されたデザインに一喜一憂して踊らされているんだなって思いました(怒!)

ファッションの流行だって、同じことです。経済のために誰かが勝手に決めた今年の色や形を各ブランドが出して、雑誌やメディアを見て「今年の流行はこうなんだ!」って知らしめられて購入しますよね。末端の消費者でいる自分がちょっと嫌になりました。

日本人の生活環境に納得

日本のおうちってセンスが悪いなっていつも思っていました。私は祖父母の代から両親ともに生粋のはまっこで(横浜人)、私もはまっこです。子供の頃から米軍が近くにあり、日用品はアメリカ製が多かったし、外国人の友達も多く、少しばかり「ナイズド」された環境で育ちました。横浜は外国人仕様の家も多くて、我が家も外国人向けに建てられた家に住んでいました。なので、チラシとか入ってくる2DKで1つは和室とか4畳半の和室とか考えられないってずっと思ってきました。(ご気分を害した方がいたらごめんなさい)

この本には日本人の生活環境について書いてあり、なんで私が日本式の住宅に違和感を覚えるのか、しっくりと腹落ちする理由が書いてありました。それは「日本人は住居に対して理想的なモデルを与えられないまま暮らしてきて、住空間に対する美意識が成熟していないから」とのこと。明治時代に西洋を取り入たけど、和室と洋室をうまく融合させる方法を満足にみつけることができないで、今日まで過ごしてきてしまった結果が今の日本の現状だそう。

ちなみに2DKというのは、西山夘三という建築家が関東大震災のあとに研究して、日本人の標準的な生活空間として考案した苦心のアイディアだそうです。。ちなみに関東大震災って1923年です。100年前の苦心のアイディアを今も引きづっているってすごい…ガラパゴス化してますよね。もう100年くらい「2DK和室あり」が当たりまえになっているので、多くの人は疑問を抱かない状態になってます。

日本独特の「侘び」「寂び」「間」という感覚についても、アジアの東の端っこに位置する日本は色んな国の混沌を引き受け続けることによって、この究極にシンプルな「ゼロ」を以って全てを止揚することを思いついたと書かれていて「ああ!!なるほど!!!」とおなかの底から合点してすっきりしました。

日本人は常に自身を世界の辺境に置き、永久に洗練されない田舎者としての自己を心のどこかに自覚しているようなところがある。

「デザインのデザイン」より

この一文にズドンとやられました。すごくわかります。欧米人(って十把一絡げにするのはよくないが)は「Me! me! me!」と自己主張をしますが、日本人はどちらかというと「ワタクシごときが…」と謙虚になってしまうのは、この永久に洗練されない田舎者としての自己をDNAレベルで自覚しているからに違いないと思いました。

この本ではデザインは教育だ、と書かれています。美しいものを見ていれば美意識が育つということだと理解します。スーパーやコンビニで買うような食品や日用品のデザインを通して、私たちは教育されているそう。最近、コンビニやスーパーのオリジナルブランドのパッケージがおしゃれになっていますね。今の子供たちは昔よりおしゃれなパッケージを見て育つので、少しは美意識が高くなったらいいなって思います。美意識が高くなるということは、ただ意識高い系とか、気取ってる人ねという、そんなレベルの話ではないんです。

これから世界は文化レベルでの競争になり、いかに他の文化をインスパイアするプロダクトを作れるか、それが世界で競争していくということになるわけです。この本が出版されたのは2003年で当時はまだアップルが今ほどのシェアを持っていなかったと思います。が、AppleとかTeslaとかが良い例ですよね。世界中のあらゆる文化圏の人をインスパイアしてシェアを取っていく。デザインとテクノロジー(もデザインの一部)で世界を制覇するってすごいなって思いました。

私もそれなりにこだわりを持って生きていますが、ただおしゃれだからという次元ではなく、子供の美意識を育てるためにも、美しいものをしっかり見せていこうって決めました!

まとめ

思った以上に良本で、絶対買います。ぱっと開いたページを見ただけで、刺さる言葉が散らばっている素敵な本でした。

自分はデザインとは無縁と思っていたけれど(刺繍のデザインくらいはするけどさ)、生活必需品を選ぶことも、何を学び、何を選択しながら毎日過ごすのかということも、極端に言えば「デザイン」なんだなって感じました。

最近、ツイッター上の「カルディの通路が広ければベビーカーで行けるのに」というツイートにカルディが対応し通路が広くなったり、生理用品を買えない人・与えてもらえない子供がニュースになればどこかの企業が早速、生理用品を無料で配布する機械を女子トイレに設置したりと、消費者の声が企業に届きやすくなり、私たち一消費者の声で企業が変わるんだということを実感しています。

まさにデザインもそうで、私たち消費者の教養や美意識でもっとハイグレードなデザインのものが生まれるんですよね。企業が垂れ流しで売ってるものをただ買うんじゃなくて、もっと良いプロダクトが生まれるように私たちも変わる必要がある、と。日本からはGAFAみたいな企業は生まれないと言われる理由がそこにあるのかなと、素人考えながら思いました。

今あるデザインが経済のためのデザイン(消費させるためのデザイン)が多くなっているのであればなおさら、自分の審美眼を養うことが重要だなと思います。マーケティングの罠にはまってなんとなく買ってしまうのではなく、自分軸で選ばないと。そのためにも、やはり自分の好きなことや自分の感情を組みとるセンサーの感度を上げておかないとダメですね。

デザインのデザイン、どんな本だろうと思ったけれど、ほんとにデザインのデザインに関する本でした。20年前の本なのに、全然古臭いにおいがせず、むしろ至極真っ当でございました。

本の中で谷崎純一郎の陰鬱礼賛について少し出てくるのですが、私も大好きな本で私が好きと思ってるくだりが本の中に登場したので嬉しかったです。すごーく久しぶりにまだ読んでみようと思います。ちなみに、谷崎潤一郎の「陰鬱礼賛」と「文章読本」「三島由紀夫のレター教室」は大好きな本です。純文学の文豪にしては、読みやすめの本になります!

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