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2021-04-14

イタリアの白糸刺繍 Part1

今日はイタリアの白糸刺繍を紹介したいと思います。

私的にイタリアブームが来ておりまして。イタリア刺繍もやると、ほんっとに時間も手も足りないと敬遠していましたが、思い切って飛びこんでみたところ、沼ってます!

白糸刺繍の始まり

まずはざざっと白糸刺繍の起源をば。

白糸刺繍の起源はドイツとされています。中世ドイツの白糸刺繍はオープス・テウトニクムと呼ばれていて、リネンの生地にリネンの糸で刺されていますが、ところどころ色糸使われていたそう。

もともと刺繍は誰かの権威や権力を表す手段として使われていました。なので、中国、インド、バビロニア、イスラム、ヨーロッパとありとあらゆる時代と地域にそった刺繍というものが存在しています。

このドイツの白糸刺繍(オープス・テウトニクム)も教会刺繍で、教会の祭壇や聖杯を覆ったりするために使われていました。

ドロンワークは12世紀頃に発明されたテクニックで、13世紀頃からドロンワークにサテンステッチ、チェーンステッチ、ロングアンドショートステッチ、その後ボタンホールステッチも合流という感じで発展をしてきました。

イタリア刺繍の種類

イタリアのルネサンスで刺繍は大発展をするわけで、そういう意味ではイタリアがヨーロッパの伝統刺繍の元祖でもあります。(ちなみに、中世ヨーロッパはアラビア文化圏に比べるとだいぶ遅れていて、十字軍の遠征でいろんなものがアラビア文化圏から入ってきました。アラビア圏は2000年以上前に美的にも芸術的にも完成の域に達していると言っている学者の先生もいます。)

最近はやりのプントアンティーコ、レティチェロ、アッシジ刺繍など、イタリア刺繍の中にもたくさんの種類がありますが、日本ではあまり人気のない?知られていない?刺繍、カトリーヌ・ド・メディシス刺繍ご紹介したいと思います!

カトリーヌ・ド・メディシスについて

カトリーヌ・ド・メディシス(ここではフランス名で統一します)は母親がフランス人、父親はイタリア人のイタリア人です。メディチ家は、もともと農民→医者OR薬草屋さん→大銀行家→イタリアで支配者となる→フランス王室へまで進出!とすごい処世術でのし上がりました。

メディチって医師って意味なので医者か薬草屋さんだったと言われていますね!

カトリーヌは赤ちゃんの時に両親が亡くなり、孤児となりました。修道院を転々としたり、大変な幼少期。メディチ家出身の教皇クレメンテ7世が後ろ盾となり、フランスとの縁談をまとめました。この縁談というか交渉?はまるまる2年かかりました。

ヨーロッパの政治的な地図上では単なるいち新興ブルジョワに過ぎなかったのに、フランスに嫁げることになったカトリーヌは大喜びだったそうです。(そりゃそーだ!)でも一生涯、一介の商人の娘で成り上がりというレッテルが彼女につきまとうことになります。

なぜフランスに嫁げたかというと、めちゃくちゃお金持ちだったからです。持参金とフランスへお嫁入りするときの贈り物にフランス側が目が眩んだのでしょう。一番有名なのは、7つの巨大な真珠でのちにメアリ・スチュアートが息子のお嫁さんに来たときにメアリに譲っています。

エリザベス1世はメアリ・スチュアート(エリザベス1世に処刑される)の真珠の首飾りが喉から手が出るほど欲しくて、処刑したあとにその真珠をGETし王冠の飾りの一部にしたという話があるほど、素晴らしい真珠だったのです。

この辺の歴史話が大好きでしてどんどんマニアックになってしまい、永遠に終わらないのですが、メアリ・スチュアートも刺繍が上手で刺繍家でした。私はメアリが一番大好きなので、メアリの刺繍話はいつかnoteにまとめたいと思い少しずつ書いています。

カトリーヌの嫁入り以前のフランスは、フォークもなく手づかみで食事をする超野蛮な生活でした。カトリーヌがテーブルマナーをフランスに持ち込みました。

カトリーヌは、お菓子職人やお針子職人など、たくさんの職人を連れてフランス入りしました。フランスのお菓子のイメージが強いマカロンもカトリーヌがイタリアから持ち込んだもの。カトリーヌ自身もアートに造詣深く刺繍も上手でした。

ちなみに、カトリーヌは残念ながら容姿には恵まれず、ベネツィア大使だったジョバンニ・カッペッリョの残した文書には「ぎょろりとした眼と大きな唇、良いところを探そうとすればこちらが困惑してしまうだけ」と散々な悪口を書かれています。(ひどい!!)眼がギョロリとしているのはメディチ家特有らしいです。

容姿が美しくなかったカトリーヌですが、頭脳明晰、芸術的センスあり、並の男たちをしのぐ手腕、器量もあり、中身は相当優秀な人物だったそう。商人の娘ですね!

カトリーヌ・ド・メディシス刺繍

カトリーヌがイタリアからフランスのアンリ2世に嫁いだ際にフランスに持ち込んだ刺繍は、プント・マダーマ(Punto madama)とも呼ばれます。

ステッチ自体はランニングステッチです。ランニングステッチは一番基本的な縫い方で、日本でも中国でもいろんな国で古くから使われていました。ランニングステッチは、日本でいうところの「なみ縫い」です。

普通のランニングステッチとこのカトリーヌの刺繍は何が違うかというと、カトリーヌの刺繍は、刺繍部分が浮き上がるように工夫されています。色を変えたり、ステッチをした裏からまた同じようにステッチをかける(両面に刺繍をする)ことで、光に透かしたときに、薄い布の部分は消えて刺繍の部分が濃く浮き上がって見えるようになっています。

また糸の継ぎ目があまりないように、一筆書きのように針を進めて行くのも特徴的です。模様はルネサンス期の伝統的な模様が主流となっています。

芸術に造詣が深かったカトリーヌが、物も少なかった時代(1500年代)にどうやったらきれいに刺繍部分が引き立つのかを試行錯誤していたんだろうなと思うと、急に親近感が湧きますよね!!(嫌いなやつは毒殺する腹黒い女として有名ですが)

カトリーヌ・ド・メディシスの刺繍本はこちらからどうぞ!

カトリーヌ・ド・メディシス刺繍に必要な材料

じ、じつは、まだ刺してないのですが、材料だけはそろえました。

越前屋さんで目の荒い布を購入しました。越前屋さんオリジナルの布かもしれません。

ご参考までに#1874という番号で1m/7800円です。

糸は、ボッケン18番の麻糸がベストみたいですが、毛羽立ちやすいし切れやすく扱いが難しいので、5番糸でも25番糸でも良いそうです。

近日中に刺してみようと思ってますので、作品ができたらまたブログでご紹介させてください♡

余談:昨日のこと

昨日はclass101の方と打ち合わせでした。class101では白糸系は今までに販売されたことがないので、どんな反応があるか正直わからない、だからこそやってみたいので一緒に頑張りましょう〜みたいな内容でした。

韓国の会社なので、スピード感が半端ないんです!打ち合わせの設定から今後のスケジュールまで、バシバシ決まってサクサク進むって感じです。そういえば、韓国に住んでいたときに韓国語のレッスンで一番最初に習ったのは「パリ、パリ!(早く、早く!)」でした。そこら中で「パリ、パリ!」ってよく聞いたな。私もせっかちな方なので、全然嫌いじゃないです!

そうそう、白糸刺繍って、すごく美しいけど刺すのは難しそうとかアラが目立ちそうとか、ネガティヴなイメージが多いみたいですね。

逆に言えば、白だけでいいので配色に気を使わなくてもいいし、白ってだけで美しく見えちゃうし、図案もステッチによってだいたい決まったパターンがあるので絵が描けなくてもOKという利点もあるんですけどねぇ。多くの人に気づいてもらいたいです。

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